学会は、その分野の研究に携わる人がわけへだてなく研究成果を発表し、自由に意見交換できる場であるべきです。しかし、当日本科学哲学会もふくめ、現実の学会はこの理念が実現されているとは言い難く、「さまざまな問題が放置・無視されている」、「その結果若手やマイノリティの方々にとって決して居心地のよい場所ではなくなっている」といった趣旨の指摘が近年あいつぐようになっています。当学会においても、会員が極端に男性に偏っており、役員も健常者で日本人のシニアの男性ばかりであることが以前から指摘されてきました。こうした偏りの中で、これまで、若手やマイノリティの居心地の悪さは十分に可視化されず、託児所利用の補助金支援などの取り組みはなされてきたものの、十分な対策とは言えないものでした。
われわれ日本科学哲学会理事会は、この問題を認識し、できることから少しずつでも学会という場を変えていこうと決意しました。われわれは、当学会において、さまざまなバックグラウンドの方たちが安心して心地よく学会での研究活動に参加できる環境を作っていくことを宣言します。そして、この宣言を第一歩として、今後、具体的な指針の策定などの取り組みにつなげていきます。
もちろんアカデミズムは学会だけで構成されているわけではなく、大学その他の研究機関や研究助成機関などさまざまなアクターが協力していくことでしかアカデミズム全体の風土は変えることができないでしょう。しかし、学会が先導して方向を示すことで他のアクターにも影響を与えることは可能です。われわれはそうした発信役としての役割を当学会が担うべきだと考え、実践していきます。
われわれの取り組みには、より具体的には、以下のことを含めていきます。
(1)当学会を、セクシュアル・ハラスメント、SOGIE(性的指向、ジェンダー・アイデンティティ、ジェンダー表現)ハラスメント、レイシャル・ハラスメント、アカデミック・ハラスメント、パワー・ハラスメントをはじめ、あらゆる種類のハラスメントを許容しない場としていきます。
ハラスメントと呼ばれるものは多岐にわたりますが、その多くに共通するのが、力関係において強いものが弱いものに対して、本人の本来の意向に反した不利益を受け入れるよう強要するという構造です。アカデミズムにおけるハラスメントは、深刻な場合には被害者が研究を諦める結果につながります。また、比較的軽いものであっても、ハラスメントは被害者が安心して研究活動に参加する障害となるものであって、学会というものの本旨に反する ものです。われわれは啓発活動と防止策により、ハラスメントが生じない、そして一旦生じた場合にはそれを許容しない環境を本学会に作っていくことを目指します。
具体的には関係する諸学会や諸機関と協力しつつ、ハラスメント対策のガイドラインや発生時の対応のしくみを策定していきます。またアカデミズムの世界でおこるハラスメントについての認識の共有など、必要に応じて上のしくみを補完・拡充する施策を進めていきます。
(2)当学会を差別的言動、ヘイトスピーチを許容しない場とします。
学会は学問の自由・言論の自由を体現した場であり、思想の表明や言論活動は基本的に自由であるべきです。しかし、差別やヘイトスピーチはそうした正当な言論とは明確に区別されるべきものです。それを許容することは、むしろ差別の対象となった人をその場から排除してしまうことで、自由な言論の場としての学会を損ないます。差別的言動やヘイトスピーチはほとんどの場合ハラスメントともなりますが、こうした言動を許容しないことを明確にするために、こうして別項をたてて宣言し、啓発と防止対策に取り組んでいきます。
ときにはある発言が正当な言論なのか、差別やヘイトスピーチなのかということ自体について、会員の間で意見が二分することもあるでしょう。そうした場合に対処する単純な処方箋はありませんが、そのような事態が仮に生じた場合には、学会が自由な言論の場であるとともに研究に携わるあらゆる人にとって居心地のよい場所でなくてはならない、という理念を見失わずに解決の方向をさぐっていきたいと考えます。
また、差別やヘイトスピーチにまでは該当しなくとも、配慮の欠けた記述、発言、言動などが、特定のバックグラウンドの人にとって、不快感、疎外感、恐怖などを感じさせるものとなることがありえます。学会への参加者それぞれが、学会は多様な人たちが集まる場所なのだということを意識し、常に多様なバックグラウンドの参加者への想像力を働かせながら行動するよう、学会の空気を変えていきたいと考えます。具体的には、どのような発言が誰にとってどのようなネガティブな意味を持つ発言になるのかといったことについて会員の間で認識を共有する場を設けていきます。
(3)当学会の大会を誰にとってもアクセスしやすい開かれた場とします。
コロナ禍によって大会がオンライン開催となった際、対面では参加できなかったがオンラインになったおかげで参加できた、という声が会員から寄せられました。これに限らず、特に障壁を設けているつもりはなくとも、会員の大会への参加にさまざまな目に見えない障壁が存在していることは事実です。特に、正当な理由なく特定の属性の会員のアクセスを妨害するような不当な障壁はそれ自体ハラスメントや差別となりえます。当学会では、大会へ のアクセスの障壁を少しでも取り除く努力を今後すすめていきます。
当学会では以前より学会参加時の託児所利用への補助金の制度を設けてきましたが、現状ではあまり有効活用されておらず、さらなる工夫が必要だと考えます。当学会のような小規模な学会の有する資源は限られており、できることも限られてはいます。しかし、できる範囲内で知恵をしぼって、すこしでも大会をアクセスしやすい場としていきたいと思います。具体的には、現実にどのようなことが障壁となっているかについての情報収集を行い、対策を工夫・検討していきます。以上の取り組みには言うまでもなく会員のみなさま一人一人のご協力が不可欠です。日本科学哲学会を少しでも理想の研究活動の場に近づけていけるよう、ご協力をよろしくおねがいします。